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ありがとう

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フェイスブックにも書いたけど、彼女に昔このブログのアドレスを教えたような気もするので、こちらでも書き記しておきます。


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楽しいことや記念になるような日に思い出としてSNSやブログに書き込みたい、それを友達と共有したい、だから悲しいことや辛いことは書かないようにしよう、と決めています。

それでも今日、この記事を書くのは、もう連絡の取れなくなってしまった大学時代の友人に伝えたいことがあり、いつかこの記事を見つけてくれたらいいなと思うから。


今月7月1日。
実家の愛猫あいちゃんが天国へと逝ってしまいました。

2年程前から糖尿病を患い、6月末に高アンモニア血症が起こす発作を3日間繰り返し、最期は私と母とで看取りました。13歳と8か月、人間年齢70歳のおばあちゃんでした。
当時通っていた大学の友人から猫を引き取って欲しいと頼まれ、2001年の12月1日に、姉妹猫のナナと共に、我が家にやってきました。

洗濯ネットの中でナナと二人、手のひらサイズのちびたちは一生懸命鳴いていて。本当に姉妹なのかと思うくらい、模様が全然違っていました。
あいちゃんはストーブに顔を突っ込んでしまった為にちょっとお髭が焦げてチリチリになっていて、ちょっとドジな子という不名誉なレッテルを早々に付けられてしまいました。
譲り受けた日の帰り、車のラジオで愛子様ご誕生のニュースが流れていたことが切っ掛けで、「あい」という暖かい名前を付けてもらいました。


我が家にはすでに先住猫が数匹おりましたが、どの子も育児は未経験。てっきり雌猫が面倒を見るものと思っていましたが、ちびちゃん達の面倒を見てくれたのは、雄猫のくーちゃんでした。

くーちゃん亡き後、甲斐甲斐しく面倒を見てくれたのがくーちゃんの妹、ティラでした。
ちびたちの身体を一生懸命舐め、添い寝して、おイタが過ぎるとグローブのような手でぺしぺしと躾をして。まるで親子のようでほほえましかったです。


活発なナナに比べ、あいちゃんはおっとりとした性格。
ご飯を食べる順番はいつも最後。猫じゃらしで遊ぼうとしてもなんだかワンテンポずれた感じでじゃれてくる。
一日最低20分、人の膝の上でゴロゴロしなければ気が済まない性質だったようで、いつも私や父が「あいちゃんタイム」を設けて膝の上で甘えさせていました。


それでも人一番縄張り意識は強かったようで、ソトネコが家に入ってこようものなら、何処までも追いかけて追い払う強さを持った猫でした。
先住猫のショコラと一番相性が悪かったので、二匹を引き離すために随分苦労しました。
ナナが病気を患い入院した際についた匂いとエリザベスカラーに警戒してから、実の姉妹であるナナとは疎遠になってしまったけれど、今年の冬には、帰省した私の膝の上で一緒にくつろいだり、一緒にこたつの中で過ごしたりと、随分性格が穏やかになりました。


ビタミンEの摂取が上手くできない体質が原因で、ちょっとしたことで皮膚が裂けてしまうという病気にもなりました。それ以来、一生エリザベスカラーでの生活を余儀なくされました。

お世話になっている病院の先生には、糖尿病になった子は1年持たないことが多い、と聞かされながらも、母は根気強く、日々の記録を取り、インスリンの注射を打ち、少しでも様子が変わろうものなら、すぐに病院に駆けつけていました。

私が貰ってきた子なのに、私がお世話ができないもどかしさ。
お嫁に行くよりも、君たちの世話をしていた方が私は幸せだよ、と思いながらも、泣く泣く家を出てからというもの、誰もいない昼間に発作が起こったら、誰もいないところであいちゃんは一人で逝ってしまう、という不安は常にありました。
だから、猫たちに会いに行くときは、これが最後かもしれないと思いながら接するようにしています。それでも、バタバタしていて今日の「あいちゃんタイム」は十分じゃなかった時もありました。

昨年の8月に一度、夜中に低血糖からくる発作を起こしましました。幸運にも夜中、皆が家にいるときに起こした発作だったので、すぐに蜂蜜をなめさせ、対処することが出来ました。
それでも頑張って、耐えて、元気になった途端一生懸命甘えてきてくれるあいちゃんの生命力の強さに、病院の先生も感心してくれました。

29日の朝、母からあいちゃんが夜中に発作を起こしたからと連絡をもらい、急ぎ駆けつけました。
硬直して伸びきった身体のまま寝かされていたあいちゃん。それでも私の呼びかけにちゃんと返事をしてくれたので、母と二人、病院に連れていきました。
血液検査をしてもらい、急激に血糖値が下がったために起こった発作だと診断してもらい、点滴を受けて帰宅。
その頃にはふらふらながらも、自分で歩こうとする意志もあり、呼びかけには元気で返事をしてくれたので、これなら大丈夫だと安心しました。
翌日は私が病院に連れていくからと約束し、帰宅しました。


あいちゃんが意識を保てていたこの日の夕方が、最期の「あいちゃんタイム」になりました。
よぼよぼのたどたどしい足取りで、ちゃんと私の膝の上に乗ってきてくれて。
それは別れの挨拶なんかじゃなく、病院に行って疲れたからちょっと休憩するね、という感じで。
それでもやっぱり、いつも通りきっちり20分だったね。


翌日、発作を起こしたとまた連絡をもらい、仕事で穴をあけられない母の代わりに、私と弟で病院へ連れていきました。
血液検査の結果、今回の発作はアンモニアの値が高かったために起こった発作だと知り、点滴とアンモニアを下げるシロップをもらってきました。
最後に病院に行ったその日も、「あいちゃんは強い子なので、きっとよくなると信じてます。」と声をかけてくださった先生のお言葉、すごくうれしかったです。
病院から帰った日、ずっと唸りっぱなしで、動こうとする足もふらふらで。アンモニアが脳に与えたダメージのせいで、もう自分の意思が保てない状態なのだとわかりました。

夜中続く発作。シロップも舐めさせることができないほど、激しい発作に荒い呼吸。
傍にいることしかできなくて、見ていることしかできなくて、一番つらいのはあいちゃんなんだからと、頑張れ、大丈夫だよ、そばにいるからね、と声をかけ続け、
この夜を乗り切れたら、病院に行ける。病院に連れていけば、きっと先生が何とかしてくれる。
そう信じていたのだけれど、最後の発作、一段と苦しい声をあげ、強張った身体の力がスーッと抜けて。
呼びかけに応じず、唸り声も、荒い呼吸も、発作の痙攣も収まり。
あいちゃんはそのまま、息を引き取りました。


本当に、本当に苦しかったと思う。何もしてくれない飼い主を、恨んだと思う。
もっともっと、何かできたんじゃないかと思いもしたけれど、もう苦しくもない、病院も、注射も、カラーも必要のない、大好きなティラのところへ逝けたのだと思うと、少しだけほっとした。


過去に2匹、入院させたまま一人で逝かせてしまった子たちがいます。
病気が末期になるまで気が付いてあげることが出来なかった子。
迎えに来るねと約束したまま、叶わなかった子。

もし、あいちゃんが誰もいない昼間に一人で逝ってしまっていたら、どんなに悔やんだかしれないけれど、
その子たちの分まで、あいちゃんは懸命に病気と闘い、多少文句を言いながらも病院に付き合ってくれて、最期はちゃんと家で看取らせてくれました。


前日に高速道路で事故を起こした弟が無傷だったことや、末弟が帰るはずだった日に新幹線の事件があったこと。
二人がそれをのがれられたのは、あいちゃんが家族に降り注ぐ厄災を一緒に持っていってくれたからなんだと思うと、ごめんね、とありがとう、でいっぱいです。


偶々義父母が旅行で不在であったため、気兼ねすることなく看病できたこと。
旦那が、元気になるまであいちゃんについていてあげて、と快く送り出してくれたこと。
可愛がってくれた末弟が偶々家に帰省していたこと。
家族がいる家で、最期を迎えられたこと。


辛かったけど、苦しかったけど。
家族みんないたからね、一人じゃなかったよ。


後日、ウチネコの治療も兼ねて改めてお世話になっていた動物病院の先生に、お礼を言いに行きました。
先生も、今まで色々な病気を抱えながら頑張ってきたあいちゃんには思い入れがあったようで、ショックを受けていらっしゃいました。分厚くなったあいちゃんのカルテを眺めながら、亡くなった時の症状を聞いていただきました。

ワンちゃんでも二年以上糖尿病と闘うのは難しいのに、猫ちゃんで二年以上も糖尿病と戦ってこれたのは、毎日糖尿のチェックをし、グラフを付けながらインスリン注射の治療をし続けてくれた家族の愛情があったからですよ、と励ましてくれました。
私たちの愛情ももちろんですが、あいちゃん自身の頑張りが大きかったのだと思います。もっともっと長く、少しでも長く、私たちと一緒にいたいと思ってくれていたのでしょうか。


あいちゃんを埋葬したその日の夜、あいちゃんの夢を見ました。
いつものように籠に入れて病院に連れて行こうと車に乗せた途端、籠の中から勢いよく飛び出してくるあいちゃん。いつもならカラーがつかっかるからおとなしく籠に収まっているはずなのに。
どんなに暴れても、文句を言われても、愛猫達に悪いところがあるなら病院に連れていく私なので、一度は捕まえて籠に戻そうとしたのですが、
その時は何故か、いいよ、遊んでおいで。と放してあげました。
濁声で一言鳴いてから、お気に入りの玄関前まで歩いていくあいちゃんは、カラーも鈴もつけず、足取りがとっても軽くて。
もう元気になったのかなぁなんて、首をひねりながら私はその姿を見送っていました。

それが、あいちゃんから私への別れの挨拶だったのかもしれません。


可愛い命を託してくれた大学時代の友人、本当にありがとう。
おヒゲを焦がしたあの時のちびちゃんは、精一杯生きたよ。
皆に愛され、家族に大切にされて、一緒に過ごした私たちも幸せだったよ。
ちびちゃんが生きられなかった残りの猫生は、片割れのナナが思う存分生きてくれるから。片割れをずっと大事にするから。


素敵な出会いを与えてくれて、本当に、本当にありがとう。
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